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驟雨

読了メモ「薔薇の名前」(fusetter移植)

更新日:2020年2月25日


忘れないうちに「薔薇の名前」の初読メモというか雑感。

1年くらいかけてだらだら読んでたので読み込みめちゃくちゃ浅いです

(ファンに怒られそう)


当然のことながらネタバレまみれなので注意。




◆削除された物語

さっそく内容じゃなくギミックの話であれだけど、「1984年」の付録といい、こういう仕込み大好きなんだよな〜!作品内、作中人物たちの生きる世界においては認識しようのない要素、構成そのものとかに楽しみのある物語に惹かれやすい(換骨奪胎系の作品とか…作品の登場人物たちは当然、自分の存在や自分たちが経験した事件が何か別の何かのオマージュであることは知りようがないわけで、オマージュ元を知る読者だけが楽しむ)。

完全メタレベルのギミックってやつの中でも、このテの仕込みは最強だと思う。

「章立ての規則性が数カ所途中で崩れている」「挿絵の地図のナンバリングに抜けやバラツキがある」なんてのは、アドソには無関係だけど、アドソの語る内容とはがっつり関係あるわけで…

そしてわたしは序盤で「何だこの地図読みにくいな、アルファベット付番はあるのに謎配列だし、建物名ちょっとしか書いてないし」とは思ったのにすっかり忘れてて、後書き読んでウワッてなった。

よく考えたら導入の「私(書き手)」が入手したのはそもそもフランス語訳されたアドソの手記で〜ってとこ(読み始めたとき、面倒な前置きだな…と思ってた)、「読者がこれから読む物語が媒介者の意図による改変を受けている可能性」が最初から開示されてるんだなあ。

んでそれを念頭に置いて、この話の内容自体が「書物」の、それも"写本の時代"の文書館を舞台にした物語であることを思うとぞわっとなる。館の得体の知れなさが倍増。ナニがいるんだよあそこ…みたいな。

なお、自力で解く努力をしてみるか迷ってるので「削除された物語」の答えをぐぐるのは保留。でも謎解き下手なんだよな。


◆ホルヘの恐怖

彼の犯行動機も、あの結末も、とても「ああ…」てなった。彼がアリストテレスを、ある意味でとても信頼し、心から畏怖しているところとか、笑い(自分たちの存在意義や自我の根幹を成す絶対的な価値基準に対する疑い、問い、反駁、相対化、客体化のツール)への強烈な恐怖と忌避を見せるのがなんかこう、人間だなあと。それを理解してしまう絶望的な聡明さがキツい。これはまずいと思い至って封じた時点で、すでに自分の理性が自分の信仰を殺しにきてるよね…。

そしてラスト、文字通り「書を食い荒らす者」になりはてた「書による毒を受ける者」であるのがまた切ない。

思えば、この物語の展開、ヨーロッパ中世の修道士たちが主役となった時点で現代人からみれば「負け戦をあがくものたちの物語」といえる。あの時代の"敬虔な信徒"に感情を寄せながら読むと苦しいのは当然か…。

書はみずから開かれようとする、というのは、少なくとも現代人のわたしの感覚にとっては希望だし、文書館の隠蔽に対するウィリアムの「何百年という長い尺度の場合には役に立たない」という台詞もまた、間違いなく希望なんだけども。



◆好きなとこ抜粋メモ


*「書物というのは、信じるためにではなく、検討されるべき対象として、常に書かれるのだ。一巻の書物を前にして、それが何を言っているのかではなく、何を言わんとしているのかを、わたしたちは問題にしなければならない。」

 当たり前すぎて普段意識しないけど、確かにそう…だね…となったくだり。書かれた字や文の内容を受け取るのではなくて、書かれた意図やそれの指向している内容を受け取る。記号化されたものを読み取る。そのあとのくだりで、記号化された情報からその元となった事象まで復元する、という話が出てくるの、本当にいい。趣味で小説を書きながら、「本来なら言語にできないなにものかを可能な限り"うまく"言語化することで、読み手による復元を容易にし、そのなにものかを味わってほしい」と願っているので。


*「異端とはみな、排除という現実の旗印である。」

*「異端への攻撃は、いずれもこの一点に収斂する。すなわち、癩病人は癩病人にとどまれ、と。」

 マイノリティの出現と、その迫害についての部分。これも、感覚としてとても腑に落ちたというか、分かりやすかった。「群れを追い出された者たちは一貫して外縁を生きつづけた」という表現も好き。中心にいる者が、こっちにくるな、"わたしたち"の中に入ってくるな、という反応をする一方で、数や立場といった力が大きくなった異端は正統の側へ転換され、"わたしたち"の側に入れられるというのもすごく理解できる。

 初期のキリスト教徒も迫害を受ける"外縁"の側だったんだよなと思うと、マジョリティ化してからの異端に対するあの凶悪さは皮肉な気もする。


※まだまだある。書物同士で会話云々のくだりとか。あとで追記でもしよう。


◆きれっぱし

・舌戦が肉弾戦並みにテンション高く活写される作品はだいたい好きだけど、実際肉弾戦にもつれ込んだのにはふふってなった。大乱闘スマッシュミノリーティ……ウクライナ議会の乱闘の様子が絵画的に撮れてるあの写真を思い出す。

・老年のアドソはやっぱり最終的に無神論かそれに近いところへ到達してるんだろうか。

・三日目晩課の要約の最後「そのあとでチーズの焼き菓子を食べる」に不意打ちを食らった。その情報要る?

・六日目三時課の夢のシーンのファラオのとこ、「なんて??????」みたいな反応が天丼されてるのにどうしても笑ってしまう。

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