シナリオレビューとどう付き合うか~「無料」と「評価」~
- 驟雨

- 6 日前
- 読了時間: 14分
更新日:5 日前
全作無料で10年間シナリオを出し続けてきたので、この話題はちゃんと考えてみようかなと。
まとめると、
●レビューにおいて「金額に見合うか」は評価軸のひとつ
●レビューは作者のためのものではない(ので見る義務なし、話半分に)
●無料に頼る側にもそれなりの態度は求められる
といった感じです。

まず、わたしがどんな立場のプレイヤー(※書く人、回す人、回される人の総称)かというのを先に。
・11年くらい前にクトゥルフ神話TRPG(以下CoCと省略)を遊んでTRPGを知った。
・当時はシナリオの入手方法も量も限られていたので身内でシナリオを書いて回し合っていた。
・CoC6版,7版、冒険企画局も複数システム遊んでいる。公開済自作シナリオはCoCのみ。
・PLとGMの割合は綺麗に50%ずつ。経験は400セッションちょい。
・現在公開している作品は10本。全作無料。本文もアクセサリも無料。
・自作は海外レビューサイトに割と昔からレビューを書かれている。
・好きなCoC公式シナリオは『殺人リスト』『インスマスからの脱出』『浅草十二階』『紅文字』など。
ええ、デストラ白い部屋やらルーニー大暴れリプレイ時代の、いわゆる古参CoC勢ですね。始めた数年は、公式サプリを身内で分担して回し合ったり、個人サイト・やろうずWiki・pixivを漁り、地方の同人イベントでわずか数サークルを探してシナリオ本を買い、ピンとくるものがなかったらそれぞれが自作する……という環境でした。
それが、いつの間にかBOOTHでウン万単位のシナリオが頒布され、オンリーイベントが開催され、同人シナリオが舞台化!!?コラボカフェ!?!? す、すげえな……。
続いて、シナリオを無料にしている理由。とても雑に言うと
●対価に付随するルールや法律を取り扱うのが面倒くさい
(収入として納税とか、重篤な瑕疵があったら返金とかそういう……)
●作者に利益を与えず誰でもすぐ全文確認できることで得られるメリットがある
(自作を手に取ってもらう機会が多くなるだろうというのと、詐欺疑い、悪意あるシナリオの疑い、GMによる害意のある改変問題なども起きにくい)
●クオリティは保証しません、遊べるかどうかの判断と調整は自分でやってねという意思表示
(そもそも品質と代金の相場とか考えるのが面倒)
です。いやー本当に金銭に付随する手続きとか対価の適切性の検討とか、苦痛で……仕事で散々ROIツメられんのに、趣味でまでそこにリソース使いたくないよぉ……。
という身も蓋もない理由で無料です。あんたのシナリオで楽しく卓を遊べたぜ!と発信してもらっているのを見かけたら満足します。シナリオの頒布以前にリプレイ動画だけ公開していた時期があるのですが、「どうしてもこのシナリオを自分でも回したいので、どんな形でもよいからシナリオデータを譲ってもらえないか」と個人的にご相談をいただいたりもしました。熱意が大変嬉しかったです。その際は自分用のメモをお渡ししたものの、半端さや改善点が気になり、完成・公開して改めてご連絡をさしあげました。結構な時間かかってしまいましたが。
前置きが長くなりましたが、長いこと同人シナリオを無料で頒布してきた当事者から、最近話題のレビューサイトの話を改めて考えてみたいなと。以前、海外のコミュニティサイトが話題になったときにも記事を書いていますが、そのときよりも「無料であること」により強く焦点を当てています。
①レビューにおいて「金額に見合うか」は評価軸のひとつ
当たり前ですが「対価」に合わせて「期待される質」は変わります。
そもそも、現在の同人CoC環境には健全なレビューがあってしかるべきじゃないか?という話題がずっと続いている理由の一つが「金額から期待される質を満たしていない」という問題であろうと思います。1,000円以上もするシナリオが、基本的な日本語の文章として成立していなかったり、ゲームシナリオの構造として破綻していたりする。特にBOOTHでは、個人ブックマークの役割を兼ねた「スキ」の数だけが可視化されており、内容未読でもキャッチーなトレーラーには「スキ」がたくさんついてしまうので、人気に見えて買ってしまう……とか。
金額設定が高ければ、当然それだけの質が期待される。低ければ「まあ、安かったし仕方ないか」になる。これはどんな売買でもそうですし、極限まで対価を下げて「タダ」という設定にすると、期待される質も、理屈としては限りなくゼロに近くなる。
しかしここで問題を難しくしているのが、「品質」は金額から切り離して評価できるものだということです。
「シナリオが金額に見合った品質であるか」は、金額と品質のバランス評価軸。
「シナリオ内容の品質がよいか」は、それとはまた別の、独立した評価軸です。
入手する側としては、この2つの評価は(無意識に)分けたうえで、組み合わせて使っていると考えられます。
たとえば、「高額だが、金額に見合った品質である」なら、ハイエンドですね。
でも、今自分が遊びたいモノは果たして、シナリオは商業でも1本立ちできるくらいの最高品質、素材100種類完備、5人以上で遊べる、合計ウン十時間ボリュームのものだろうか?
いやいや、そうじゃないときだってよくあります。ミドルレンジやエントリーを選択するのが適切な時も多い。高いお金はかけられないんだ、そのぶん最高の品質じゃなくていい。ゆるく遊ぶひとにとってはむしろこれが最適解かもしれません。
しっかり検討するなら、この2つを仕分ける行為は必須です。無料のものは、「対価に見合うか」については、常に最高もしくは「評価不要」となります。対価がゼロなら期待値もゼロなので、そういう意味では、文句を言われる筋合いはない。クオリティの良いものが欲しい、時間を無駄にしたくない、調整に苦労したくないと思うなら、そもそも「タダの拾い物」に頼ろうとしなさんな。善意に胡坐をかきすぎ。で話が終わる。
それはそれとして、「対価や条件から見た期待値とは無関係に、質だけ見たときの評価」はどんなものに対しても可能ですし、人間の思考のしくみとしてほぼ自動的に何かと何かを比べ、良し悪しや好悪の評価をつけてしまう。
前提条件を何もかも取っ払って、ルーベンスの絵と3歳の子の絵をその品質で比べることは可能です。王室御用達のジュエリーメーカーのブローチと、100均で道具と材料揃えて初めて作ったハンドメイドのブローチに品質の差があることは、否定のしようがありません。愛するひとが手間暇かけて自分のために作ってくれた料理でも、「これは……みりんと酢を間違えて入れたな……食えたもんじゃないぞ……」になることだってあります。ていうかやったことあります。我ながらひどかったです。
そしてこの、独立した品質の評価も(それが適正な値になるよう上手く運用されている限り)、シナリオを探している人たちにとっては非常に有用です。「より質のいいものに出会いたい」のは誰だって同じですし、その品質は自分たちの体験を大きく左右するものなので、しごく真剣に希求される指標でもある。
といっても、「クオリティ低いシナリオがプレイヤーの時間を奪った」などと言われると「そのシナリオを回すかどうか・遊べるかどうかの判断と調整の責任を放棄するGM、マスタリングしとらんやんけ!」とは思いますが。
話が逸れましたが、「質」については対価とのバランス評価とそれ自体の評価があって、その二つがうまく切り分けられていない環境だと「無料なのに質についてゴタゴタ言われるの、モヤモヤするな……」という気分に拍車がかかってしまうのではないでしょうか。なので個人的には、今後、レビュープラットフォームに「金額に見合っているか」がひとつの軸として出てくるといいなと思います。
ほら、飲食店のレビューだって、★の数とかコメントだけ見て、値段見なかったら事故りますからね!
②レビューは作者のためのものではない
これもしごく当たり前ですが、レビューは作者のために作られた存在ではないので、心に負担をかけてまで読む義理も義務もありません。見ていいタイミングは自己肯定感が最強になっているか、近くに愚痴を聞いてくれる人が待っていてくれるときくらいです。
わたしは自作のレビューをたまに眺めます。しかし、レビュー情報が資する相手は「未来にそれを遊ぶかもしれない人々」で、作者を守ってはくれない。作者に対して口さがない・配慮に欠けることは往々にしてありますが、それ以上に、「作者・作品と直接的な関係にない」情報も含まれている。
それこそ、「このシナリオをプレイして何時間もムダにした!」とかは、まずGMは何やってたんだ、相性は合ってたのか、本当にセッションじゃなくシナリオが理由なんか? とか、まあ色々と考えるべきことがあります。が、すべての情報が直接、作品タイトルと紐づけられてしまうので、「作品への評価」と受け取ってしまいやすい構造をしています。なので、意図的に、「この大量のレビューのうち、本当にシナリオの話をしているのは何割だろうな~?」くらいのマインドでいたほうがいいかな、と思います。
ちなみに、レビューではないですが、拙作の同一タイトルの感想で「とてもわかりやすく、次に何をすべきか悩まなかった。とても楽しめた」というご意見と、「次に何をしていいかまったくわからず、全然楽しめなかった」というご意見をほぼ同時に見かけたことがあります。これが現実。客観性をいくら求めたって人間には限界というものがある。
それはそれとして。レビュワーは完全匿名ではないにせよ圧倒的多数、かつ一方的に評価できる、シナリオ作者は名前の出たノーガード状態のひとり、という数と方向の非対称はまあまあデカイ。シナリオを書く人間として、自分の評価が目についてしまうと、サンドバッグ気分になることは否めません。特に、低評価でレビューを書く場合の書き手のモチベがどこにあるかというと、だいたいプレイヤーとして遊んだ時に感じたストレスや怒り……あるいは、自分としては低評価でしかるべきだと思うものを、周り/世間が高評価していることへのストレスや怒りです(たぶん)。投稿者自身のストレス解消のための文章は、たとえ当事者でなかろうと読んだ人にも感情的な負荷を与えますし、同じストレスを抱えた人の感情を煽り立てる。レビューにそのような「己のストレス解消を目的とした投稿」が多くなると荒れるので、レビュー投稿者や投稿内容にもフィードバックがあるといいのに、とは思っています。「投稿者も、一方的に評価するのではなく、評価にさらされる」環境であれば、パワーバランスを多少なりとも正常化できるんじゃないだろうか。あくまで希望的観測ですが……。
わたし自身は、そもそも話題になりにくい作品傾向なので冷静で適切なコメントをいただくことが多いのですが、批評が適切であったらそれはそれで、その人自身に1:1で色々と訊いてみたくなります。たとえば「介入性が低いという問題があった」ということなら、そこは具体的にどのポイントで、それに対してやった処理はどんなものですか、うまくいきましたか? 今後どうするとよさそうですか? 普段からあなたが遊ぶプレイグループはどんな特徴がありますか、この作品は普段遊んでいる傾向と近いですか? とか。それに対してレビュワーが答える義務はないものの、シナリオを無料で入手できているぶん、そういった情報を作者に還元してくれることも少なくないんじゃないかと期待しています。
③それはそれとして正直な暴言と、姿勢の話
ここからは、無料公開している作者の多くが、それを言っちゃあおしめぇよ……と口をつぐんでいるであろう、とってもストレートな暴言。
「有志の無料シナリオに頼っておいて、お客様面して品質にモノ申すの、面の皮厚くない?」
理屈としてはそういうものじゃないと思っていても、これが多くの無配作者の腹にくすぶっているモヤモヤじゃないだろうか。実際、わたし自身が直接受けたことはないものの、いろんなシナリオへの意見の中を見ていると「内容以前に、スタンスと言い方、直したほうがいいんじゃないすかね……」と感じるものもある。
ほら、自分たちの遊び道具なんだし、借りることを無理強いされてるわけじゃなし、己の手で書いたらどうかね。少なくとも、文句しか出てこなかったアレとかコレよりは人を楽しませる作品になる自信あるだろう?
ともかく。無料配布される音楽素材やイラスト素材は「品質の"低さ"」が数値化・文章化されることはほぼないと思うので、無料シナリオはどちらかというと、フリーソフトやフリーゲームに近い存在なんだろうと思います。
なお、フリゲはあまり遊ばないので知見がないのですが、わたしにとってフリーソフトは「専門スキルがある人が厚意で公開してくれている。わたしはその恩恵を受けているが何の対価も払っていない」という思いが常にあるため、不具合を見つけてフィードバックをするとしても、お客様ヅラして書く気にはなれません。いやほんと、いつも助かってます、ダイス結果抽出ツールとかログ整形ツールとか。アプデありがとうございます。立ち絵配布もいつも本当にありがとうございます。たまに投げ銭させてもらっています。猫ちゃんお元気でしょうか(※ミリしら)。
卓遊びがしたい。でも、自分で書く時間やスキルがない。遊べるレベルのモノを自力で作り切れる自信がない。お金もかけたくない。だから無料のシナリオ、なるべく安価なシナリオを探している。自分の立場をそういうものだと認識したうえで、その振る舞いは適切か。
たとえば、立ち絵を無料頒布で調達しておいて、この絵どうしようもなく下手でさぁ~よくこんなん描いて配布できるよねw みたいな態度を取る。実際にその絵は下手なのかもしれません。が、「遊び道具を他者に頼って遊んでいる」という立場でこういう言動をする人には、んじゃ立ち絵なしで遊びなさいよ、と言いたくなるのがフツーの人間ってもんです。内容の正しさは態度の悪さの免罪符にはなりません。
シナリオは、遊びの土台になる非常に大きな部位です。ないと遊べない。自分の力でそれを準備できないのであれば、外注するしかない。そんなとき、同じ遊びをしてきた人から、「この遊び道具、昔自分が作ったものです。誰かが使えそうならと思って」と利用者に制限をつけず金をとらず、置いてくれている。よし、まずここから探してみよう。自然な行動だと思いますし、それが間口の広さにつながってきた過去があっての、今の潤沢な環境です。
だからこそ、「自分の遊びに必要なものを、誰かが対価も要求せず貸してくれている。その誰かはひとりの人間、同好の士だ」という大前提は忘れないでほしい。厳しい評価を「するな」と言いたいのではなく、襟を正し、同好の士に対し真摯な姿勢で評してほしい。配慮と感謝の有無はかなり態度に透けるので「新しくできた趣味の友人にもこの態度で接するか」くらいのゲートチェックはやってほしいところです。
個人的には、労力をかけて見返りを求めず遊び道具を貸してくれた同好の士に、間接的にでもなんらかの還元を心掛けるのが、長期的な良循環を生むと思っています。お金以外でも、できることは結構あります。たとえば、卓内で、これが誰の作品かを明示し、意識する瞬間を作る。作品をべた褒めする必要はないけれど、GMをやったならそのセッションのどこかで「回したい、愉しめると思ったポイント」について言及する。結果的に得られたセッションの楽しさについて語る、など。
これらは品質に対する客観的で時には厳しい評価とも両立しますし、むしろ、作者からすれば厳しい意見を前向きにとらえるための非常に有用なひとことだと思います。ただただこの作品が嫌いだ、下手だ、読む価値がないと言い続ける人の意見より、ここに長所があって目を引いた、ただ回してみたらここは大きくつまずいた、とか、ここはプレイグループに合わせて事前に調整した、みたいな意見のほうが、聞く耳を持ちやすい。
「下手な/気に入らない作者を追い出したい」とか、「過激なレビューをして注目を集めたい」とかいうエゴい動機は考慮しないとして、「この界隈の創作物の全体的な質がどんどん上がってほしい」という期待を抱いているひとなら、そういうアプローチも、自然体のままで可能なのではないでしょうか。
ところで、「面白くないと思ったシナリオを入手してしっかり読んで講評書く」とか「面白くないと思ったシナリオをわざわざ回す」とか、実際自分がやるところを想像すると、結構すごいことだなと。
わたしは回す側ならまず、5分10分読んで「このシナリオ、自分で回すか?」と考えますし、篩い落としたシナリオに対し、追加で時間を割く気にはなれません。PLで遊んでも、いやー合わなかったなコレ……と思ったものを、わざわざ入手して読むこともまあない(有償だとなおさら)。他の楽しい予定とか、やりたいこととか、次の卓で回すためのよさげなシナリオ探しとか、自分で書くものの資料漁りとか、限られた時間と金を「自分にとって実利のある行為、好きなものや気に入ったもの」に使わなきゃ勿体ない!という気持ちが強い。
なので、「面白くなかった」「気に入らなかった」一つの作品を深く長く舐って、どんなふうに批判しようか考えている人というのが、ある意味ではどんなファンよりもありがたい存在になり得るというのも、わかる気はします。
「面白くないものを回す」については、これつまんね~wという感情(嘲笑・晒し)の共有を楽しんでいるパターン(いわゆるクソ映画鑑賞会的な?)もあるようで……うーん、品のない遊び方をする人もいるもんだ……。口出しをする権利はないが、作者に見えないようきっちり隠れてやってほしくはあります。
わたし自身は面白くないものを腐すことにリソース注ぎ込むより、同じリソース使うんなら面白くていいものに触れたいタイプなので、クソ映画鑑賞会とかも、理屈はわかるがやりたいと思ったことがない。こういう遊びができるのは、時間的な余裕がたっぷりあり、質のいいものに触れまくってきた飽食の結果のジャンクフードなんだろうか。それとも、そういう遊び方でないと解毒できない何かを抱えている、とか……?


